生き残るためには、まず走り続けろ――。
ドゥン、と地鳴りにも似た爆発音が聞こえた直後、涼子は反射的に、そびえ立つ壁に背中を押し付けしゃがみこんだ。足元がビリビリ揺れる。
倒れないように足を踏ん張りながら、ナナメに突き上げる振動の波を数える。
「……4,5!」
規定回数の揺れが終わると同時に立ち上がり、走り出した。さっきまでしゃがんでいた場所めがけてオレンジ色の光が殺到したけれど、それは見なかったことにする。
直線の通路を走り抜け、曲がり角に差し掛かると同時に右手前方の壁に向かって跳ぶ。身体をひねって壁を蹴り、道を横切るようにして目的の方向へと向きを変える。着地のときに思い切りたたらを踏んだのは、大目に見て欲しいところだ。
彼女は、どこまでも単調に続く高い壁に囲まれた通路をひたすらかける。
次の交差点の手前で突然、甲高いアラームが鳴った。涼子は慌てて足を止めて左手をみる。腕時計みたいな小さなリストバンドの一部が、アラームと同じリズムで点滅している。色は、緑。
それにほっとした涼子の耳に、怒声というか罵声というか、とりあえず失礼な声が届いた。
「バッカヤロウ! 止まんなドン亀!! 走れ!!!」
「ちょ、ど……」
言い返そうと視線を動かした先に、人影が見えた。
全力でこちらに向かってくるのは複数。そのすべての手に、水鉄砲のようなデザインのカラフルな銃が握られている。
「げ……」
「走れっつってんだろーがぁー!!」
先頭の少年が怒鳴った。
固まっていた涼子は、それに驚いて回れ右して駆け出した。
――ていうか、ちょっとまって。
「なんでついてくんのよ! 他行ってよ他!!」
「つべこべ言ってないで走れ! 舌噛むぞ!!」
後ろから近づいてくる足音に追い立てられて、彼女は走る。どこまでもまっすぐな道の追いかけっこだ。
急な全力疾走を強いられた身体がついてこず、そろそろ膝が震えてきた。
――たぶん、ううん絶対こける。めっちゃくちゃブザマにこける。その自信だけはある。
「ドン亀」
完全に顎の上がった涼子の右横に、口の悪い少年が並んだ。
たしか10m以上差があったはずなのに、その距離はあっさりと縮められてしまったらしい。言われなくても分かってる、涼子の足は鈍い。
「おい、ドン亀って!」
「な、に、よ!」
すっと横に並んだ彼は、ほとんど息も乱していない。
あえぎながら怒鳴った涼子の機嫌の悪さなど気付かない様子で、彼は涼子にささやいた。
「次の次、十字路が来たら左に曲がれ。10歩行ったらコケてでもなんでもいから伏せてろ。いいな?」
「わか、た」
なんでと聞き返すだけの余裕はない。頷くだけで精一杯だ。
一つ目の角で彼が涼子の前に出た。
つまり、容赦なく銃をぶっ放してきたヤツらが涼子のすぐ後ろにいるということになる。
いきなり、キーンと気味の悪い音が響いた。右耳の後ろ辺りがざわりと粟立つ。涼子はとっさに左に首を傾げ、ついでに壁際に近寄るように蛇行した。
「ッ!!」
右の肩のうしろから頬を掠めて、真っ赤な光線が伸びた。
それでも消えない予感に逆らわず、涼子は目の前に迫った壁を蹴った。中央に戻れば、今度は光線は涼子の左側を取り越して少し先の壁に当たる。
怖い。めちゃくちゃに悲鳴をあげたい。けれど、全力で走っている涼子の体力はもう限界で、悲鳴をあげるだけの余裕すらない。それくらいなら少しでも多く酸素が欲しいと、息を吸うことばかりが優先される。
ざわっとした気持ち悪さの回数だけ、赤い光線は涼子のすぐ傍を通り過ぎていく。
叫びたい。けど、そんな余裕はない。身体は容赦なく酸素を求める。
目標の角まであと50メートル。ベストタイム12秒8の涼子の足で、どれくらいかかったかは分からない。けれど、涼子はなんとかその距離を走りきった。
倒れこむように左に曲がる。
傾いた体勢を直す余裕なんてあるわけなく、そのまま惰性で動いていた涼子の足は、7歩目でもつれた。そのままけっ躓いて前にこける。
ヘッドスライディングみたいに滑った涼子は、思いっきりぶつけた鼻の痛さに呻きながら後ろを振り返った。
涼子を追い抜いていった彼が、戻ってきていた。
三段跳びの要領で大きく踏み出した彼の身体が、壁に沿ってふわりと浮き上がる。そう背の高いほうではないはずの頭が、ほとんど3メートルの壁の最上部を越した。
跳ぶというより翔ぶと言うほうが正しいような大ジャンプを見せた彼の両手には、丸いボールのようなものが握られている。
それは、曲がり角の向こう側、たぶんすぐそこまで来ていただろう追っ手にむかって投げつけられた。
一拍おいて、低い爆発音が響く。慌てて耳をふさいだ涼子のところまで、容赦なく爆風が押し寄せてくる。
「こんのアホ!! なにボサっと座り込んでんだよ、走れ、ホラ!!」
思わず目を閉じた涼子のすぐ傍で、いつの間にかやってきていた少年が怒鳴った。
「行くぞホラ、リミット来る前に動け!」
いきなり襟首がつかまれ、強引に引っ張り上げられる。力加減などありはしない。本気で喉が絞まった。
「ちょ……」
ちょっと待ってと言う暇もない。引っ張り上げられてそのまま引きずられる。何とか自力で立ち上がった時には、文句よりも先に盛大に咳き込んでしまった。
「どんくせぇな、お前」
咳がとまらない涼子相手に、ようやく手をはした少年は言いたい放題だ。
「……ほっといてよ、そんなこと言うくらいなら。あたしのニブさ、知ってるでしょうが」
最後の空咳と喉に絡ませながら、涼子は隣を睨む。
「あたしが戦力外なのは、最初から織り込み済みじゃなかったの。一人少ないつもりでやるって言ってなかったっけ」
「そのつもりだったんだけどな」
彼女の嫌味をあっさり肯定した少年は、苦い顔で肩をすくめて見せた。
「状況が変わった。見てみろよ、ゲームの状況」