Dangerous Game 2

 ――そう、これはゲーム。

 ここは閉ざされた迷路。3メートルの灰色の壁に囲まれた、出口のない迷路だ。
 見るからに特殊な空間として造られているこの場所は、その通り普通の世界とは少し違う。
 まず、重力が地上の半分しかない。壁を蹴って飛んだり、3メートルの壁のてっぺんに届くくらいにジャンプできたりするのは、小さな重力のなせる業だ。
 技術発展のおかげで人類が宇宙へ文字通り進出してしばらくたった今では、文字通りの宇宙生活者もそう珍しい部類ではなくなった。その辺のお金持ちは皆宇宙ステーションやもう少し大きな生活施設に“別荘”を持っているし、「生涯一度は宇宙へ!」の旅行会社の宣伝文句も実現可能な範囲内だ。
 そのおかげというべきか、無重力や低重力といったものが、涼子たち一般の人間ににとってもかなり身近な存在になった。
 もちろん地表の重力は1Gだけれど、宇宙生活を前提とした訓練施設はいたるところにある。そこでは低重力状態での生活すら体験できる。
 そしてそういった技術には、あっという間にほかの業種も飛びついた。
 遊園地業界もその一つだ。低重力を利用した乗り物や体験型ゲームやアトラクションなどが次々と開発された。
 涼子たちが高校生活最後の課外授業という名の遠足で今参加しているのも、そのうちの一つだった。1グループ20人前後のチームを複数迷路に入れ、時間制限内にいかに多くの相手を倒して、どれだけ生き残るかを競うのだ。
 拳銃に撃たれればゲームオーバー。手榴弾の爆発に巻き込まれても同じだ。
当然怪我などが起きないようにちゃんと設計はされているし、拳銃から発射されるのも弾丸ではなく指向性のビームのようなものだ。シューティングマシーンの着弾認識と同じような原理だろうか。 当たっても痛くはないけれど、撃たれるのは正直気持ちのいいものじゃない。
 そしてもう一つ、迷路全体に漂う小さなオレンジ色の光球。実はこれが一番厄介な代物で、一定時間動きの止まったプレイヤーに殺到する。その光に触れてしまえば、ペナルティーとして鈍い痺れがくるのだ。そして、30秒間動けなくなる。ゲーム専用のシューズの底が磁石のように床にくっつき、強制的に拘束する仕組みらしい。
 歩き続けてさえいれば問題ない部類のものだから、そうそう面倒な障害物とはいえない。それでもびりびり痺れるのは痛いし、万一動きが止まっている最中に敵に見つかると万事休す。そんなルールだ。
 安全面はもちろん考慮されているけれど、鬼ごっこというよりサバイバルゲームに近いこのゲームは、スリル感やハード感が手伝ってか爆発的な人気が出た。
 最後の遠足地として候補に挙がったこのゲームが、特に男子たちの圧倒的な支持をうけ選ばれたのも、当然のなりゆきだっただろう。
 
 オレンジ色の物体から攻撃を受けないよう、二人は歩き続けている。
 重力の小さな空間での歩行は意外と難しく、涼子の場合は歩くというよりも飛び跳ねるように上下する距離の方が多くなってしまっている。プールで水の中を歩くような感覚といえば分かりやすいか。ただ水中のような抵抗がない分、跳ねれば跳ねるだけ上に上がってしまい難しいのだ。
「なんなのよもう。ていうかついてこないでよ。」
「自分で確認しろ。一本道でこっちしか進めないんだから文句言うな。つか、なんで状況把握してないんだお前は」
 横に並ぶクラスメートを睨むが、置いていくことも出来ない。
 しぶしぶ、涼子はゲーム開始以来初めて左腕のパネルをまともに見た。ゲームの残り時間のほかに、敵と味方の残数が小さく表示されている。
 その数字に、彼女は目を見張った。
「なにこれ、ウソでしょ?!」
 相手チームの人数はまだ10人を超え、それに対してこちらは残り6人。
 その人数差を考えれば、クラスメートで同じチームの彼、灰崎博基が先ほど一人で追われていたのも納得がいく。さっきのエンカウントで相手を何人か減らした上でこの差なのだから、かなり追い詰められた状況なのは間違いない。
 でも。
 運動神経の抜群な彼とその友人たちはすでに何度かこのゲームを経験していることもあり、試合開始前に勝利宣言するほどには自信に溢れていたはずだ。だから、チームの振り分けで運動の苦手な涼子が加わっても、いいハンディキャップだと豪語していたのではなかったか。
「余裕で勝てるって言ってたのに、なんでこんなことになってんの!」
「悪いがマジだ。最初のエンカウントで囲まれちまってな。今は一人減るのも痛いんだ」
「ちょっと待ってよ」
 手のひらを返した物言いに、涼子は顔をしかめる。
「言ってる事が違うじゃないよ! あたしをドン亀呼ばわりしたの、どこの誰!」
 苗字が亀山だからドン亀、ある意味言い得て妙なその呼び名を逆手にとって彼女は反撃する。
「悪かったって。そんな怒るなよ」
 灰崎は顔をしかめて、案外あっさりと詫びた。
「お前が一人減るのも今はイタイんだよ。謝るから協力してくれ」
 あっさり手のひらを返され、涼子の顔が険しくなる。
「いやよ、ていうか、ムリに決まってんじゃない!」
「なんでムリだよ。お前最初に脱落するって言ってたじゃん。でも今まで無事だろ。あともうちょっとなんだから頑張ってくれよ」
「ムリだってば! アタシ戦えないし! ただ逃げてただけだもん」
「じゃあ何で今までアウトになってないんだよ」
「アタシに聞かないでよ、一回も相手と会わなきゃアウトになりようがないでしょ! あんたと出くわさなきゃ、必死で走ることもなかったのに――」
「そうそう、それだ!」
 掛け合いのような言い合いは、灰崎の言葉に虚を突かれた涼子の言葉が途切れたことでテンポを崩す。
「――は?」
「すげえじゃん、一回もエンカウントなし。そんだけの運があるなら十分戦力だ。つか、アウトにならなきゃそれでいいんだって。だから頑張って逃げてくれ」
「はああ? どうやって避けろってのよ。偶然よ、偶然――!!」
 怒鳴った涼子とは対照的に、灰崎はいっそ不思議そうな顔で首を傾げてみせた。
「偶然? お前気付いてるか、俺さっきからお前の行く方向についていってるだけなんだけどさ、エンカウントどころかアラームもなってないぜ」
 敵の接近は、20メートル以内となった時点でアラームによる警告が入る。涼子には自覚もないが、半径20メートルに敵を入れることなく動き回るということはかなり低い確率であるらしい。
 一瞬沈黙した涼子は、だが絶好の反撃材料を思い出した。
「アンタと一緒だったらさっきみたいに怖い目見なきゃなんないってことじゃない!」
 後ろから狙い撃ちされる恐怖は、もう二度とごめんだ。身体から辛うじてそれた光線が壁で弾ける光景など、見たいものか。
 けれど。
「大丈夫、そんときゃ俺が護ってやるよ」
 あまりにあっさりと投げ返された言葉に、涼子の思考は一瞬停止する。
 恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく言えるその性格が、クラスの女子に人気だったりするのだろう。その上、それが冗談でもごまかしでもなんでもなく、本心からの言葉、実現可能だと確信した上で紡がれる言葉であるから余計に始末が悪い。
 確かに運動神経抜群で顔の造作もまあままの部類に入るスポーツ少年が面と向かって口にすれば、淡い片思いを抱くものが舞い上がってしまう気持ちも、まあ、分からないではないけれど。
「お前さ、そこで顔しかめんなよ。つかすげえブサイクになってんぞ」
 彼に熱を上げるクラスメートならいざ知らず、涼子は露骨にイヤそうな顔をしていたらしい。思ったとおりの反応でなかったためか、彼はため息をついて肩を落とした。
 ――イヤ、悪いけど、そういう仕草を素でやっちゃうヤツってアタシ苦手なんだってば。
本音は一応心の中にとどめておく。
「ていうか、俺が勝ちたいんだよ。コレ本音な。だからさ、頼むよ。協力してくれ」
 そんな涼子の悪態が聞こえたわけではあるまいに、灰崎は両手を顔の前で手を合わせた。
「今は一人でも人数確保したいんだ。頼む」
「で、まんまと確保されたのがアタシって訳」
「その通り。期待してるぜ、リョウコちゃん」
「――アウトになっても文句言わないでよ」
 ――ナルホド、コレはモテるわ。
 拝む仕草でこちらを見上げてくる同級生を半眼で見やりながら、涼子は内心納得して呟いた。相手の反応を見ながら臨機応変に、押すところは押す、引くところは引く。ついでに相手をその気にさせる甘い言葉と一言の礼も忘れない。
 最初の馬鹿にしたような、はなはだ失礼な態度は本音の部分なのだろうが、ソレが有益に作用するかどうか見極める勘の良さと切り替えの早さは、ある意味敬服に値する。
 怒らせてその気にさせるのは無理、甘い言葉で誘っても無理だと判断したとしても、ああもあっさりと弱みをみせて頭を下げるだけの判断を下し、それを実行できる人物は決して多くはないだろう。
 何しろ、涼子自身が折れた。仕方ない協力してやるか、そう思ってしまったのが、たとえこれ以上言い争うのも拝み倒されるのも鬱陶しいから、という理由であっても、これが彼の望む結果なのは間違いない。
 相手に不快感を抱かせることなく自分の思いを通す処世術は、それだけで十分な才能であり武器になるだろう。
 彼がクラスでダントツの人気を勝ち得る理由が、分かった気がした。
 そんなことをぼんやりと考えていたせいで、涼子は少年の次の行動を完全に見逃した。
 横に並んでいたはずの灰崎が、涼子の真後ろにぴたりとつく。そのまま肩を支え、膝頭で涼子の膝裏を軽く蹴るように身体を密着させる。
「ちょ、ちょっと、なに!」
いきなりのことに、涼子は悲鳴を上げた。
 振り向いて抗議しようにも、肩口を押さえられていては身動きが取れない。その上灰崎の顔が耳のすぐ後ろにあることに気付いて、涼子の身体は必要以上に固まった。
「なんなのってば!」
「いや、さっきから見てて思ったんだけどさ。お前、歩くの下手だろ。ソレもビミョーに惜しくて残念な感じに!」
「意味わかんないって!」
「お前が走るの遅いのって、絶対感覚つかめてないせいだろ。いっぺんコツ掴んでみろよ、走るの速くなるぜ」
「そーいうコトじゃなくて!」
 もがくにもがけない涼子は抗議を続けるが、完全に背後を取った灰崎は全く意に介していない様子だ。どういう仕組みか、要所を押さえられた身体は彼の思うままに動き出す。
「練習あるのみ! 一回感覚が分かれば後は寝ててもできるんだって」
 指が背中を押す。涼子の身体はあっさり前にのめった。そのままこけそうになるのを、ぐいと引っ張られた腕に支えられてなんとかこらえる。
「ホラ、上に跳ねるんじゃなくて前に進む。身体が浮くのを我慢するんだ。もっと遠くに足を着くことを意識して」
 重力の小さな空間では、ほんの少しの力で身体が浮く。ムーンウォークとまではいかないももの、灰崎の指摘通り、涼子場合歩くというより跳ねているというほうが正しい状況だ。
 その身体が、灰崎の腕で無理やり押さえつけられ、膝を蹴りだされて、上ではなく前に進み始める。
「きゃ」
「感覚を覚えて。意識がついていったらこけたりしないから」
 押し出されて、思っても見ない遠い場所に次の一歩が届く。前のめりで固定された体勢のおかげで、進むという感覚がより明確になる。
「そうそう、ホラ、もっと前に。よし、スピードあげるぞ」
 イチニ、と繰り返される行進は、あっという間に通路の一区画分を走破した。
「すごい……」
「な、ちゃんと進むだろ。感覚が分かったら自分でできるよな」
 背中の圧迫感が消えて、灰崎が涼子の隣に並んだ。それでも涼子の歩行は乱れない。意識することで身体がきちんと動いているのだ。
「まああとは、慣れだな慣れ。リーチの差は回転数で挽回可能だし」
「なによそれ、ヒドイ」
 文句を続けようと開いた口は、突然鳴り出したアラームにさえぎられた。
 モニタに視線を落とせば、T字路になった廊下の左右から敵が近づいてくるのが分かった。
「まずい、戻るぞ」
 挟みうちから逃れる方法はそれしかない。くるりと向きを変えた彼の背を追って涼子も走り出す。
 見る間に二人の間に距離が出来た。けれど、さっきみたいに置いていかれることはない。上ではなく前へ、思った方向へ、身体が進む。
「ね、ねえ、このままだとヤバくない?!」
 走れていることに新鮮な驚きを感じつつ、涼子は前に叫んだ。
 背中をとられるということは、このゲームの中では圧倒的に不利な立場ということだ。一方的な狙い撃ちの獲物となるからだ。
「ボム一つ貸せ!」
「え、うん」
 切羽詰った灰崎の声に、涼子は慌てて腰のポーチを探った。存在を忘れ果てただの重荷でしかなかった丸い塊を取り出す。
 スピードを緩めた彼の右手がそれをもぎ取った。それから少しの無駄もない流れる動きで安全ピンを外し、軽く飛び上がるステップの三歩目にあわせて後ろに放り投げる。
 涼子はさらに身体を低く倒し、目の前の角を曲がった。バランスを崩すことなく着地した灰崎も、それに続く。
 壁の向こうで巻き起こる警告と罵声とが、規定された時間を正確にカウントしたボムの爆発音にかき消される。効果範囲のはるか外にいる二人さえ、軽くつんのめるほどの衝撃だ。これをまともに浴びたら動けなくなるのは当たり前だ。
「やっぱ全員は無理か」
 手元を見てゲームアウトした人数を確認した彼が、舌打ちする。効果範囲はわざと狭く設定されているから、衝撃の割りに足止め以上の使い道がないのは仕方がない。
 後ろを振り向いて確認する余裕のない涼子は、走りながら自分の左手に視線を投げた。
 そして、思わず目を疑う。
「え、うそ」
「じゃないみたいだぜ」
 思わず漏れた呟きに、灰崎が肯定の相槌を打った。
「え、なんで!?」
「思った以上に向こうさんが強いってことだよ」
 手元に表示される自チームの残人数。
 ――2。
 デジタル表示のそれは、何度見返しても変わることはなかった。
「ちくしょう、キツいな」
 涼子より早くその事態を把握していたらしい灰崎は、顔をしかめて呟く。
「――おい」
 その声音が一段低く落ちた。
「まだ間に合うかもしれないぞ。あっちも――全員揃ってる」
涼子は肩越しにちらりと背後を見やった。爆風の衝撃からようやく立ち直ったらしい人影が、データの残数と同じく6つ、こちらに曲がってくるのが確認できた。長い直線の廊下にすべての顔ぶれが揃っているのだ。
 そしてそのことは、相手方もすぐに気付くことだ。
 彼の言わんとすることはすぐに分かった。
 もし、敵チームのメンバーが現在の状況を性格に把握したとすれば、すぐにでも二手に分かれてしまうだろう。そして半分ずつでも4人と2人にでも分かれて、そのまま片方が“隠れて”しまうだろう。
 そうしてしまえば、もう勝ちは見えたも同然だ。決して負けることのない保険となるからだ。
「――ゴメン。ほんとにゴメン」
 状況を理解した瞬間、涼子の口からこぼれたのは、謝罪の言葉だった。
 今のうちならもしかしたら。
 そんな可能性にかけるには、自分が力不足だということを彼女は知っていた。
 例えば不意打ち的にどちらか一人が向こうのチームに突っ込むことも。例えば、その残りの一人が、制限時間まで逃げ切ることも。
 もし、今残っているのが灰崎と、彼に肩を並べられるだけの力がある誰かだったとしたら。逆転劇を起こすこともあるいは不可能でなかったかもしれない。
 けれど、涼子にそれだけの役割を任せられるかどうか。そんなものは考えるまでもなく分かりきっている。
 ああ、やっぱり。
 そんな思いが涼子の中に生まれる。
 いつもそうだった。どんなゲームをしても、なぜか終わりの方まで生き残ってしまう。そして、勝つか負けるかの一番大事なときに、足を引っ張るのが彼女の役目なのだ。
 だから、彼女は謝った。
「ごめん。ゴメンね」
「お前なあ……」
 灰崎は呆れたように呟いた。
「そこで謝られたら、俺の立場ないじゃんか」
 怒っているわけでも、諦めているわけでもなく、彼は苦笑交じりに肩をすくめた。
「てか、俺負ける気ないんだけど」
「え、でも」
 困惑するあっさりと、当然のごとくに、彼はその言葉を口にした。
「俺に任せとけ。だって、まだ負けてないんだぜ」





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